今、一番嬉しいこと【笑顔まであと9日】


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東日本大震災復興支援子どもスポーツプロジェクト
【志津川高校サッカー部支援プロジェクト】

これまで、多くの皆様に、ご支援、ご協力を賜り、誠にありがとうございます。

約3ヶ月前、このプロジェクトは、すべてが準備されて始まったわけではありませんでした。

なんでサッカー部支援なのか?!をよく聞かれます。

まず、当NPO法人復興Design Networkの設立趣旨として、「放射性物質による環境問題を解決する」「震災で親を亡くした子どもたちへの心のケア」を掲げ、2012年7月20日神戸市にて、設立しました。

設立当初は、「放射性物質による環境問題を解決する」課題に取り組み、「震災で親を亡くした子どもたちへの心のケア」は調査段階でした。

昨年を振り返ると、何も形になっておらず、ただ、やり続けることしかなかった、2012年6月~12月の約半年間が、私の人生で一番、苦しく、辛い時期でした。

津波による被害が甚大な沿岸部を巡り、関西に帰り、伝えきれない被害状況と、そこで暮らし、多くを失った人の痛みと、何も出来ない無力感でいっぱいでした。

任意団体から約2年。

よく使命感だとか、いい人だからとか、言われますが、私はこの復興を仕事として選び、納得のいくまで、仕事をやっているだけで、特に私はいい人ではありません(笑)

もし、私の人生で、他の仕事が目の前にきていたら、今と同じように、命を注いでいたと思います。

2年間、この仕事をやらせて頂けたことは、辛いことも多かったけど、どんな逆境の中でも、

人に感謝し、人と繋がり、生きていく多くの方に出会えて、喜びも多かったように思います。

その中で、関西では、時間と共に復興の意識が薄れていく【風化】を体験していました。

それは、自分自身を含めて。

今年3月に、「放射性物質による環境問題を解決する」事業に一旦、区切りが見えた頃、新しい体制に整え、再スタートをしよう!と決めました。

でも、それは、いい言い訳で、本当は、少し復興のことから離れたかったのです。

その時点で、「震災で親を亡くした子どもたちへの心のケア」の調査を終え、子どもたちが書いた作文も多く目を通し、震災遺児施設にも足を運び、

課題の大きさに、再スタートの元気は残ってなかったのです。

休みたかった。やっと、流せた涙もあったし、友人と食事も出来たし、両親にも会えたし、普通に笑って、そんな時期を過ごし、見事、私の元気は回復。

そして、7月27日 今回、全面協力を頂いている【FC大阪】株式会社アールダッシュ 疋田社長に、志津川高校サッカー部の支援のお願いのメールを送らせて頂いたのです。

お返事は、今の状況の通り、すぐに快諾を頂きました。

改めて、御礼を申し上げます。疋田社長 本当にありがとうございます。

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サッカー部支援を決最終的に決めたことは、当NPOの活動趣旨でもある「震災で親を亡くした子どもたちへの心のケア」ということもありましたが、

とてつもない大きな力で、復興しなければならない状況を、一人でも多くの人が、楽しく、継続的にできるには、どうしたらいいか、

今までにないくらい考え、大きなマーケットに、復興を入れるしかないと考えたからです。

TVの前で、世界中が、熱狂するサッカーの試合を見ていて、ほんの少しでも、一人一人が日本の復興へ意識を傾けたら、奇跡が起きるかもしれないと、

バカなNPO代表は、思い至ったのです(笑)

それから、約3ヶ月、今では、数え切れない多くの皆様から、ご支援、ご協力を頂いています。

今、一番嬉しいのは、私に声が届かなかっただけで、お一人お一人が、日本の復興へ、何かしたかったという声の多さです。

今回、志津川高校サッカー部支援プロジェクトをきっかけに、そのお一人お一人の声が集まり、今いるところで、

日本の復興へ、力を注いでくださっています。

そのお一人お一人に応えてくれるかのように、志津川高校サッカー部は、宮城県地区新人戦で、創部以来の初優勝!

自分自身も嬉しかったのですが、今まで、応援くださっている方々に、応えてくれたのが、嬉しかった。

まだまだ、私の力不足で、よちよち歩きの【志津川高校サッカー部支援プロジェクト】。

彼らが大阪に来て、笑顔まであと9日。

これからも、歩みは遅くても、少しでも、一人でも多くの方と、日本の復興へ、共に歩ませて頂ければと思います。

今後共、ご支援、ご協力を、よろしくお願いします。

NPO法人復興Design Network
代表理事
三野朋美


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